『苦手』という言葉の罠

どうもこんにちわ。

ロッカク工務店の三川です。

本日のブログは先日、ある研修を受けたときのお話です。

 

「苦手」という悪魔の言葉

研修ではたくさんの学びがあったのですが、その中でも私が一番持って帰った言葉があります。

講師の方がおっしゃった、

 

「『苦手』という言葉は、悪魔の言葉です」

 

という言葉です。

なかなか強烈な表現ですよね(笑)

 

でも、その理由を聞いて、私はグサッと刺さりました。

 

その「苦手」、誰が決めた?

 

私たちは普段、何気なく「苦手」という言葉を使います。

 

「計画を立てるのが苦手なんだよね」

 

「パソコンを使うのが苦手なんだよね」

 

「人前で話すのが苦手なんだよね」

 

「数字を扱うのが苦手なんだよね」

 

こういう言葉って、日常の中で結構よく耳にします。

 

私自身も、よく使ってきた言葉です。

 

でも講師の方から投げかけられたのは、

 

それ、誰が決めたんですか?

 

という問いでした。

 

 

確かにそうなんですよね。

 

 

誰かから「あなたはこれが苦手です」と認定されたわけではない。

 

ほとんどの場合、自分自身がそう決めている。

 

では、なぜ私たちは「苦手」と言うのか。

 

 

例えば、

「パソコンが苦手」

という人がいたとします。

 

でも、本当にパソコンそのものが苦手なのでしょうか。

 

もしかすると、

 

 

「使えるようにはなりたい」

「でも覚えるのは面倒くさい」

「分からないことを調べるのも大変」

「失敗するのも嫌だ」

「だから、パソコンは苦手」

 

 

となっているだけかもしれません。

 

つまり、

 

「やりたくない」「努力したくない」「失敗したくない」という気持ちを、『苦手』という便利な言葉で片付けてしまっていることがある。

 

 

だから講師の方は、「苦手」は悪魔の言葉だとおっしゃったのだと思います。

 

「苦手」は、自分を守ってくれる便利な言葉

 

 

考えてみれば、「苦手」という言葉はとても便利です。

 

「自分は苦手だから」と言えば、やらなくてもいい理由ができます。

 

勉強しなくてもいい

挑戦しなくてもいい

失敗しなくてもいい。

できない自分と向き合わなくてもいい。

 

 

だから、自分を守ってくれる言葉でもあるんですよね。

 

でも同時に、

 

自分の可能性まで閉じてしまう言葉でもある。

 

私はそこに一番グサッときました。

 

私自身、決して何でも得意な人間ではありません。

 

初対面の人と会うと緊張することもありますし、正直なところ気が弱いところもあります(笑)

 

でも、自分が本当に叶えたい願望や、達成したい目的が見つかると、そこに対してはかなり貪欲に打ち込めます。

 

そんな私自身も、

 

「教育は苦手なんだよね」

 

そんな言葉で片付けていた部分がありました。

 

今回の話を聞いて、

 

本当に苦手なのか?

 

それとも、そこに必要な勉強や努力から逃げていただけなのか?

 

と、自分自身に問い直すきっかけになりました。

 

「苦手」を選ぶのも、自分自身

 

これは、私が今、学んでいる選択理論心理学にも通じるところがあるように感じます。

結局、自分がどんな行動を選択するのかは、自分自身です。

 

自分はこれが苦手だから、やらない

 

という選択もできます。

 

反対に、

 

苦手だと思っている。でも一度やってみよう

 

という選択もできます。

 

大切なのは、苦手意識を持つこと自体ではないと思います。

 

誰にでも得意不得意はあります。

 

でも、

 

「苦手だから、できない」

 

と決めつけてしまう前に、

 

本当にできないのか?」

ただ、やりたくないだけじゃないか?」

勉強することから逃げていないか?

失敗することを怖がっていないか?

 

一度、自分自身に問い直してみる。

 

その問いから、次の選択が変わってくるのではないでしょうか。

 

一方で組織では「強み」を。自己研鑽では「苦手」にも向き合う

 

ここは少し分けて考える必要があるとも思っています。

 

組織で成果を出すという意味では、全員の弱点をなくして、

 

全員を同じような人間にする必要はありません。

 

計画することが得意な人

人と話すことが得意な人。

パソコンや数字に強い人

現場で力を発揮する人。

人の気持ちに気付ける人。

コツコツ継続することが得意な人

 

人にはそれぞれ違った長所があります。

 

だから組織では、それぞれの強みを伸ばし、お互いの弱いところを補い合えばいい。

 

それがチームで仕事をする意味でもあると思っています。

 

ただし、自分自身の成長、自己研鑽という話になると、「苦手」という言葉だけで逃げてしまってはいけない。

 

自分はこういう人間だから

昔から苦手だから

性格だから仕方ない

 

そんなふうに自分自身に貼ってきたラベルを、一度剥がしてみる。

 

そこに、まだ自分でも知らない可能性があるのかもしれません。

 

自分の精神を解放できるのは、自分自身

 

 

今回の話を聞いていて、私が大好きなアーティスト、ボブ・マーリーの「Redemption Song(リデンプション・ソング)」を思い出しました。

 

この曲の中には、精神的な奴隷状態から自分自身を解放する、という強いメッセージがあります。

 

私はこの曲がとても好きです。

 

なぜなら、

自分の精神を最後に解放できるのは、自分自身しかいない。

そんなメッセージを感じるからです。

 

自分にはできない」

自分はこういう性格だから」

自分はこれが苦手だから

 

誰かが自分を縛っているのではなく、もしかすると、自分自身の言葉や思い込みが自分を縛っていることもある。

 

「苦手」という言葉も、その小さな鎖の一つなのかもしれません。

 

だったら、その鎖を外すことができるのも自分自身です。

 

愛・誠実・感謝

 

そして、もう一つ。

 

苦手なことに向き合うというのは、ただ「根性で頑張れ」という話ではないと思っています。

 

私はそこにも、愛・誠実・感謝が必要だと思います。

 

まず、自分自身に対する愛。

 

できない自分を否定するのではなく、

 

まだできていないだけ」

これから成長すればいい

 

と、自分の可能性を信じてあげること。

 

次に、自分自身に対する誠実。

 

苦手だから」とごまかさず

本当は面倒くさいだけじゃないか

本当は失敗するのが怖いだけじゃないか

 

と、自分の心に嘘をつかず向き合うこと。

 

そして、感謝。

 

自分の苦手なところを補ってくれる仲間がいる。

分からないことを教えてくれる人がいる。

失敗しても、また挑戦できる環境がある。

 

そう考えれば、「苦手」は恥ずかしいものではなく、

 

周りの人のありがたさに気付かせてくれるものでもあると思います。

 

愛を持って自分を信じ
誠実に自分と向き合い
支えてくれる人への感謝を忘れない

 

その上で、もう一歩だけ前へ進んでみる。

 

それが成長なのではないでしょうか。

 

それ、本当に苦手なの?

 

もちろん、明日から何でもできるようになるわけではありません。

 

苦手意識だって、簡単には消えないでしょう。

 

私にも、まだまだたくさんあります。

 

でも、これから「苦手」という言葉が口から出そうになったとき、私は一度立ち止まって、自分自身に問いかけてみたいと思いま

す。

 

それ、本当に苦手なの?

 

それとも、やりたくない自分を『苦手』という言葉で守っているだけ?

 

そして、その先に自分が叶えたい目的や願望があるのなら、一歩だけでも踏み込んでみる。

 

勉強してみる

人に聞いてみる

やってみる

失敗してみる。

そして、またやってみる。

 

その積み重ねによって、いつか「苦手」だと思っていたものが、自分の新しい強みになることだってあるかもしれません。

 

自分を縛っているものから、自分を解放できるのは自分自身。

 

「苦手」という悪魔のささやきに負けず、愛を持って自分を信じ、誠実に自分と向き合い、周りへの感謝を忘れずに。

 

今日もまた一つ、自分の可能性を広げる選択をしていきたいと思います。

 

KEEP POSITIVE.

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