お盆のお墓参り
投稿日:2026.08.18
お盆休み、皆さまはいかがお過ごしだったでしょうか。
私は今年も、お墓参りに行ってきました。
普段から月に一度、妻と二人でお墓参りに行くのが我が家の習慣になっています。
今回はお盆ということで、いつもの二人ではなく、義理の妹夫婦やその子どもたち、義母も一緒に、総勢7人でのお墓参りとなりました。
いつもの夫婦二人での墓参りとは違って、にぎやかな車内。
大人数を乗せた重たい車で(笑)年に一度のお盆らしいお墓参りをしてきました。
思い返してみると、子どもの頃の私は、お墓参りがあまり好きではありませんでした。
暑いし、退屈だし、
「なんで行かないといけないんだろう」
「これをして何になるんだろう」
そんなふうに思っていたような気がします。
ところが不思議なもので、歳を重ねた今では、月に一度のお墓参りが結構好きな時間になっています。
妻と車に乗って、いろいろな話をしながら向かう。
私たちにとっては、ちょっとした「月に一度のドライブデート」のようなものです。
お墓をきれいにして、手を合わせる。
ご先祖様に感謝して、帰りの車でまた妻といろいろな話をする。
そんな時間を過ごせること自体、ありがたいことだなと思うようになりました。
そして今回、改めて感じたことがあります。
それは、
「事実は一つ、解釈は無数」
ということです。
「お墓参りに行く」という事実そのものは、一つしかありません。
でも、それをどう捉えるかは人それぞれです。
「暑いし、面倒くさいな」
「なんで行かないといけないんだろう」
と捉えることもできます。
一方で、
「妻とのドライブデートだ」
「ご先祖様に感謝できる時間だ」
「家族みんなで集まれるありがたい機会だ」
と捉えることもできます。
起きている事実は同じでも、その事実にどんな意味を持たせるのかによって、自分の気持ちはずいぶん変わるものだと思います。
考えてみれば、これはお墓参りだけの話ではありません。
仕事でも、家庭でも、人間関係でも、毎日の生活の中でいろいろな出来事が起こります。
起きてしまった事実そのものは変えられなくても、その事実を自分がどう解釈するかは、自分で選ぶことができる。
私は、この「どう解釈するか」ということを大切にしています。
もちろん、何でも無理やり良いことに考えればいい、ということではありません。
事実は事実として、きちんと見る。
自分にとって都合の悪い事実から目を背けるのではなく、まず「事実は一つ」として受け止める。
そのうえで、
「では、自分はこの出来事をどう捉えるのか」
「ここから何を学ぶのか」
「どう考えれば、次の一歩につながるのか」
という解釈については、できるだけ自分にとってプラスになるもの、前向きになれるものを選んでいきたいと思っています。
最近は、こういうことが「生き方上手」につながっていくのではないかと感じています。
人生は、ある意味「解釈の連続」なのかもしれません。
同じ一日でも、「最悪な一日だった」と終わるのか、
「勉強になった一日だった」と終わるのか。
同じ失敗でも、「失敗してしまった」と捉えるのか、
「一つ経験が増えた」と捉えるのか。
同じお墓参りでも、「面倒な行事」と捉えるのか、
「妻との月に一度のドライブデート」と捉えるのか(笑)。
その小さな解釈の積み重ねが、長い人生で考えると、案外大きな違いになっていくのではないでしょうか。
事実は一つ、解釈は無数。
だからこそ私は、これからも事実から目を背けず、そのうえで自分が前に進める解釈を選んでいきたいと思います。
それが少しずつ「生き方上手」になっていくことなのかな、と今回のお墓参りをしながら改めて感じました。
夏のお墓参りは、やっぱり暑くて大変です(笑)。
それでも今年も家族みんなで元気にお参りすることができ、無事にお盆を迎えられたことに感謝です。
そしてこれからも月に一度。
妻とのドライブデートを兼ねて、お墓参りを続けていきたいと思います。
まだまだ厳しい暑さが続きます。
皆さまも体調には十分気をつけながら、残りの夏を元気に過ごしていきましょう。
今年のお盆も、良い時間をありがとうございました。
では、また来週!!





